渾身猫パンチ

書きたいときだけ息を吹き返す間欠泉

大河ドラマ「真田丸」第22回「裁定」

  • 会話劇大好きな脚本家が45分まるまる使って法廷ドラマにしちゃったらどうしよう、と若干恐れて(もしくは楽しみにして?)いたけども、劇中時間はきわめてストイックに経過しました。弁論もたっぷり描きつつ、結局裁定を決めるのは弁論の優劣ではなくその場の人物間の情でもなく、政治上の要請だったという。そこで終るなら「気の利いたオチのついた法廷ドラマ」にもなりそうだが、大河たる「真田丸」ではさらに、政治上の要請をも超越するものとして「施政者の私情」を提示するのだった。
  • 「政治上の要請」ってここでは戦で国力を損ねたくない三成の思惑のことで、秀吉は戦したくてしたくてしょうがないんだもんな。裁定が茶番であることは両者の共通認識だったとしても、茶番の結果を平和利用したいのは三成だけだ。秀吉のほうはそんな結果、いつでもひっくり返す気でいる。実利に基づく理路というより、わが子に早く完全な天下を用意してやりたいというまったくの私情で。
  • 実利のために個人の理屈や情を我慢するのが一人前の大人かと思ったら、権力を持った奴は結局好き放題なのかYO!って社会の縮図を見るようですね。
  • だから実は真田にとって、「戦を起こさぬため沼田から手を引く」だけが豊臣に恭順する道ではなく、「あくまで権利を主張して戦の引き金を引く」のだって秀吉個人の意には沿ってるのだ(そして結果的にそうなった)。なのに信繁が当初前者を強く父に勧めたのは、落首事件以来、三成に肩入れしている表れなんだろうな。
  • それを聞き入れた真田の父上。見方によっては、勝手の違う豊臣システムに食いついていけず、とりあえず息子の言うとおり動いてるふがいない姿のようでもある。でも「大いくさになる」と三成に再度訴えられて表情を改めるところとか、「聚楽第は滅ぼせる」と出浦さんに進言されて笑ったところとか見てると、父上は父上なりに手に負える現実を見定めようとしてるんだと思えるなー。
  • 出浦さんの役割は真田昌幸を舞台の真ん中に立たせることで、真ん中に立ってどうするかはお主が決めろ、というスタンスなのだよな。そう示されて、いま真ん中に立ててもなにができるか、と冷静に考えたから、あのちょっと苦いような笑いになったのでないかと。それがふがいないと言われればそれまでだが、なにかっちゃあの城はどう攻めるのこの人物にはこう勝てるのと減らず口のやまない父上が、芯のところでは冷静なのって安心しますよ、私は。
  • 生まれる場所を決定的に間違えた秀次さん、今日も裁定の場で、単なる暗愚ではない顔を見せる。が、前述のとおり実は「弁論<政治<秀吉の私情」の三層構造となっているこの場において、第一の層でだけ優れていてもなんにもならないのが切なかった・・・(それは信繁も同様なのだったが。そしてこう、見ている我々にもかなりはね返ってくる痛みがいたたたた)
  • しかし秀次さんが休憩挟んでからいいとこ見せたのってあれか、きりちゃんの特大おにぎりでやる気チャージされたのか。そしてきりちゃんのおにぎり大小攻撃にめっちゃ笑いました。ナイス意趣返し!
  • そして兄上が着々と男を上げて嬉しいかぎりです。